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フラッグフットボールやアメフトについてあれこれ書きます。~My Weapon is untiring K.U.F.U.~

体育嫌いのスポーツ好き

Sport
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Written by HOMMURA Kyohei. (@twitter&@facebook)

今回は体育嫌いについて書きたいと思います。

 

数日前に下記のような記事が話題になりました。

blog.goo.ne.jp

 

体育授業のおかげでカラダを動かすことに苦手意識を持つようになってスポーツが嫌いになってしまった、というらしい。

 

できない人の気持ちはできる人にはわからない

以前、伊集院光さんの動画を紹介して「できない人の気持ちはできる人にはわからない」ということを書きましたが、このブログにも似たようなことが書いてあります。

 

qboekendorp.hatenablog.com

 

 人には向き不向き・得意不得意があるのは当たり前なのだが、自分がその界隈に浸かっていると、それが不得意な人の存在がいつのまにか理解し難くなっていく。それは嘲笑でも軽蔑でも何でもなく、ただただ純粋に、「“できない”ことが理解できない」のだ。だから、体育の授業において私のような「運動が苦手な人」は、得意な人からすると「理解できない相手」であり、「なぜ楽しいはずのスポーツを楽しめないのか?」という無意識な疑問を出発点に、意識から外れていくのだろう。「そもそもできないから苦手意識がある」という感覚が共通項になることは滅多にない。(誤解が嫌なので再度書くが、「理解できない」ことが「悪い」という話ではなく、それはある種当たり前のことであると思う)

どうして「体育の授業」のおかげでスポーツが嫌いになってしまうのだろう - YU@Kの不定期村

 

体育授業のなかで起きてしまうスポーツのできる人たちの同調圧力と公開処刑感がスポーツ嫌いを作ってしまっている現状があると思います。

 

すごく極端なことを言ってしまえば、根本にあるのはウェイマン(あるいはガチ勢)への嫌悪感が原因なのかもしれません。

 

 

その場にある雰囲気を読み取って適切な行動を取らないと疎外されてしまうという構造はスポーツだけではなく、例えばカラオケも似ていると思います。

 

そのときそのときに応じてセンスのいい選曲を求められる感じを、スポーツな苦手な人は体育授業で感じているんではないかと思っています。推測ですが。

 

 

それでもできる人たちは「そんなこと考えないで楽しめよ!」なんて言うわけですね。そうやろうとした結果ダメだったからいろいろ考えてしまっているのに。

 

「苦手」「できない」が理解されず、更には「楽しんで当たり前」という視線を向けられてしまう。できなければ「やる気がないからだ」と言われ、やったらやったでお荷物扱いされる。こうやって、「運動が苦手な人」はスクールカーストを嫌でも意識してしまい、行き場のない憎しみと自己嫌悪から「スポーツ嫌い」になってしまうのではないだろうか。

どうして「体育の授業」のおかげでスポーツが嫌いになってしまうのだろう - YU@Kの不定期村

 

点数をつけられなければまぁまぁ楽しい

たまたま出会ったブログにも似たようなことが書いてありました。

 

www.hinomaru-kids.jp

www.hinomaru-kids.jp

 

「点数付けられなければまぁまぁ楽しい」という感覚も興味深いです。

 

球技などは嫌いだけど、ランニングやダンスなら好き、という人もたくさんいそうです。

 

問題はうまくなる機会が確保されていないこと

体育授業に関する話をここでしていると長くなってしまうので避けますが、一番の問題点は「スポーツをうまくなる機会が確保されていない」というだと思っています。

 

これは、体育授業とスポーツという同じなようで全くの別物であることの弊害なのかもしれません。 

体育の紅白試合もそれと同じようなもので、サッカーのルールやポジションなんてほとんど知らないのに、いきなり競技をさせられる。ウェイマンたちは経験則から戦略や攻め手を感じ取り連携を取るが、それが全く分からない私には動くことさえできない。当たり前のように「ボールがどこに来るか」が分からないので、それは裏を返すと「ボールがどこに来ないか」も分からない、ということだ。つまり、突っ立っているだけで邪魔になる。座学でいくと、九九もアルファベットも分からないのに数学や英語のテストを受けるような感覚である。冷や汗が止まらない。

どうして「体育の授業」のおかげでスポーツが嫌いになってしまうのだろう - YU@Kの不定期村

 

 

ここまで書いてきましたが、自分も体育授業は嫌いでした。

 

自分はそれほど運動が苦手というわけではありませんし、集団圧力や公開処刑感についてはそこまで気にしなかったのですが、小中高と基本的には試合してできる人が目立って終わりでつまらなかったというのが大きいです。

 

 

もしかしたら体育授業ではなく地域のスポーツクラブが担う役割なのかもしれませんが、スポーツをうまくなる機会やルールや戦術戦略などを学べる機会がないとどんどん体育嫌いでスポーツ嫌いの人が増えてしまうと思います。

  

一念発起してフラッグフットボールのチーム作ってみたはいいももの大会に出たらボロ負けで一気にヤル気が萎えてしまった、なんてことがないようにこのブログで技術や戦術戦略を書いています。

 

「スポーツがうまくなっている」と実感できれば継続的に楽しくやっていけるのではないかと思っています。

 

 

ただ、こうやってすべての人がうまくなればいいですが、「できないものはできない」という人も相当数いるはずなので、そういった人でも肯定的に捉える環境作りというのも必要になります。

 

注目の「ゆるスポーツ」

できないことを楽しむというスタンスでおもしろいのは「ゆるスポーツ」はおもしろそうです。

yurusports.com

  

正直、全国に広がる体育授業が変わるには時間が掛かりますし、そもそも小学校の体育は体育専門ではないので指導力も限られてしまいます。

 

となれば、地域のスポーツクラブやスポーツ協会が動いて、「体育嫌いのスポーツ好き」になってもらうようにするしかないのかな、と思っています。

 

ということで、体育嫌いについてでした。

 

Written by HOMMURA Kyohei. (@twitter&@facebook)